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Race To Eleven
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毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第9話 大家との夕食
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  二人してアパートの外に出て、門限以外はあまり閉じられることもない表のガラス戸の鍵を閉めると、二人は路地を抜けるようにゆっくりと歩いて行った。薄暗い蛍光灯が灯る路地裏、佐倉はこの何となく湿っぽい路地を抜けるのが嫌だ。自転車がやっと通れるような細さで両側がモルタルの壁に挟まれていて、昼間でも薄暗い。

 路地を抜けるとそこはやや広い通りで車の往来も激しく、さっきとは打って変わって騒々しくなる。
 
 「さて、何を食べるかねえ?」
 
 何も考えずに誘ったのか、半ば呆れ顔の佐倉を気にすることもなく、やや長身で背筋のすっと延びた大家は年配者の割には早歩きですたすたと歩いて行く。置いて行かれそうになりながら、佐倉は時々早歩きで追いこうとする。遠目に見れば滑稽に見えるかも知れない。
 何か話すまもなく、いくつかの辻を過ぎたところでまた路地に入ると、一軒の小料理屋の中に入っていった。
 のれんをくぐり少しくすんだガラス戸を開けると、中年のこざっぱりした大将が「大家さん、いらっしゃい。」と明るい声で挨拶する。
 
 (ここでも大家さんなんだ)と佐倉は思った。
 
 「そのお嬢ちゃんは?」と大将が尋ねると、「うちのアパートの子だよ。なんか美味しいもん食べさせてやってよ」と大家が答えた。
 (お嬢ちゃんじゃないもん)と佐倉は思ったが、店内に入るといい匂いがして、腹ぺこでもうどうでもよくなっていた。
 
 「お嬢ちゃん、何がいい?」と気さくな大将が尋ねると、「佐倉といいます。好きなものは・・・」しばらくお品書きを眺めるが、これと言ってメニューにあまり書かれておらず、値段もよくわからないのでどう注文していいのか迷っていた。
 
 「佐倉さん、値段はあまり気にしなくていいよ、おごるからさ。大将、今日は何があんのさ?」
 
 そうして今日入った魚の刺身やなんかを注文し、あとは大将に適当に見繕ってもらうことで決着した。
 
 そして唐突に、「ま、ここの料理の味はたいしたことないけどさ、安いから近所でも評判なんだよ!」と大家は奥に別の客がいるのもお構いなしに大きな声で笑った。マスターがやや困った顔をしているのを見て佐倉も恥ずかしく感じたが、「いえ、ホントに美味しいです。うん、美味しい。」と料理の味になっとくしたようだ。実際のところ、学食やコンビニの弁当、お菓子などを食べて過ごすことが多く、こんなに「ちゃんと」食べたのは久しぶりのことだ。
 
 「気に入ってもらって良かったよ。」大家はにっこりと笑うと、「大瓶一本追加ね!」とビールをもう一本頼んだ。
 テーブル席で差し向かいに食事をする、そんなことも久しぶりだったかも知れない。
 
 「学校は楽しいかい?」とこれまた唐突に大家が尋ねる。
 
 「うん、みんな楽しい人ばかりで楽しいです。」お酒の勢いも手伝って、佐倉は今まで見たことがないぐらい陽気に振る舞っていた。話し出すと年の差もどこかへ、アパート内での会話がウソのように佐倉の口から言葉があふれ出す。ときおり「きゃっきゃ」と笑ってかわいらしい素振りをする。
 最初は熱心に話を聞いていた大家だったが、だんだんと違和感を感じるようになってきた。
 (この子は本当に楽しそうに話すけど、ホントに楽しいのかね?)
 
 大家は思ったことをすぐにそのまま言ってしまう人で、しばらく黙っていたかと思えば口を開くなり「なんだか薄っぺらい会話だねえ。」と言った。
 
 これには佐倉もカチンと来た。席を立ち上がり、テーブルにドンと両手をついて怒りをぶつけた。
 
 「いったい何が気に入らないんですか!」
 
驚いた料理屋の大将、店員、他の客らがいっせいに佐倉の方に振り返った。
 
 椅子に座ったままの大家は佐倉の目をジッと見つめ「まあ、座りなよ。」と促した。
 
 佐倉はおとなしく椅子に座る。一瞬でもカッとしてしまった気持ちを少し反省した。でも何となくイライラする気持ちは隠せずに、はあっと大きなため息をついた。
 
 「わかった。もう、よそ行きじゃなくて普通に話す。」と静かなトーンで佐倉が言うと、
「最初からそれでいいのさ。」と大家は笑顔で言った。
 


  • 2019年3月 1日(金) 13:42 by 芦木 均

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