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Race To Eleven
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毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第7話 伝統と近代の街で
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第7話 伝統と近代の街で

 伝統と歴史が同居する近代都市、京都。重要文化財や歴史的建造物が数多く存在し、通り一つ、辻や建物一つ取っても深く歴史を刻み込んでいて、それが近代的な建物と不思議にマッチしている様はまるで日本の縮図のようだ。観光都市でもあり、そして学生が多く集まるところでもある。実際に国公立大学を始め、私立大学も数多く存在し、全国から学生たちが集まってくる。古くて新しい不思議な街。

 今年、外国語大学の一年生として入学した佐倉南はそんな街に憧れて、地方からこの街に移り住んできた一人だ。京都にはいくつかの下宿街なるものがあり、地元以外の「学生さん」たちは学生寮やアパートに下宿する。実家が裕福な家庭ではワンルームマンションを借りて悠々自適な学生生活を送り、さらにはマンション購入する者までいる。  佐倉の家庭はあまり裕福でなかったため、また京の風情を楽しむために、比較的古い町のアパートに間借りすることにした。学校の食堂のランチも安価だが、住居近くの食堂などもリーズナブルな値段のお店が数多く存在していて、学生たちの胃袋と懐を支えていた。

 佐倉のアパートは全部で5部屋。家賃が安いだけあって満室で、炊事場や風呂、トイレは共同だが、女性専用なので安心して暮らせるようになっている。

 入学式後の初々しさも夏になると薄れてきて、同じアパートに住む同居人たちはテニスやスキーなどのサークル活動に興じたり、彼氏ができてあまりアパートに居着かなくなるなど、生活習慣もめまぐるしく変わる季節である。もちろん、長い夏休みを利用して、実家に帰省する者もいる。

 佐倉は実家に帰ろうとせず、ずっと自分の部屋に引きこもっていた。入学してすぐは京都市内の寺社仏閣を巡ることも多かったのだが、周囲の友人たちと同じようにはじけることができず、次第に一人での行動が多くなり、ついには部屋の中で一人過ごすことが多くなってきた。

 それにしても親からの仕送りだけでは少々不安なため、アルバイト求人誌を片手に近くを散策しようとしていたところだった。

 佐倉が住んでいる2階の部屋のガラス扉の鍵を閉め、年季の入った板張りの階段、廊下をするすると歩いていると、珍しくこのアパートの大家がいた。大家は年配の女性で、小さな中庭の植木や石灯籠の手入れをしていた。多くの学生がテニス合宿や帰省のためにアパートにいないのに、佐倉だけが部屋にいることから、彼女のことを少し気にかけていた。

 「ちょっと」と大家は話しかけた。「こんな暑い日なんだから、むぎわらでもかぶっていかないと熱射病になるよ。」  少し大きめの声で言ったつもりだったが、佐倉の方はイヤホンを耳に当て、携帯音楽プレイヤーで音楽を聴きながら歩いていたため、聞こえていなかった。アルバイト誌ともう片手には携帯電話、その画面も見ながら歩いていたのでなおさら聞こえなかっただろうか。あるいはわざと聞こえないふりをしていたのかも知れない。

 「ホントに、今時の子って、携帯電話は手放せないんだねえ。話しにくいというか・・・。」と大家は声には出さないにしても、そう思いながら庭の清掃を続けていた。

 佐倉は玄関の自分の下駄箱からスニーカーを取り出して履くと、ガラス戸をガラガラと開けて少し薄暗い石畳を歩いて出て行った。アパートの中と違い、外は灼熱の太陽が照りつける。今年の夏は特に暑かった。街のあちらこちらで蝉がうるさいほど鳴いていた。  誰もいなくなったアパートでは、これ幸いと大家が階段や廊下、風呂、トイレなどを掃除し始めた。

 そうしてようやくアパートの掃除も一段落し、大家が冷たい麦茶を飲みながら一息ついていた頃、アパートの共同電話がジリリリリンと音を立てて鳴り響いた。



  • 2019年2月22日(金) 19:00 by 芦木 均

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