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Race To Eleven
Race To Eleven
毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第5話 勝負の結末
Race To Eleven
 対戦している二人は気付いていなかったが、いつ頃からか、周囲の雑音が聞こえるようになってきた。ほんの少し、時間が経過しただけなのだが、夜のサラリーマン客らが少しずつ入店してきていたのだった。他の従業員たちが応対していた。特に気遣いする必要もなかったのだが、にわかに入ってきた客でさえ、ただならぬ雰囲気を感じ、小声で歓談しながら飲食を始めていた。
 
 学生たちは食い入るように勝負を見守っていた。自分たちが別のテーブルでゲームをしていたことさえすっかり忘れ去ってしまっていた。ビリヤードの試合を間近に観たことがない彼らにとっては何もかもが目新しかった。そして、マスターという身近な人物がその主役の一翼を担っていることで、余計に入り込みやすかったと言えるだろう。
 
 セーフティをし合う二人のプレイヤー。互いにポケットを狙ってのショットをしない間合いが続く。最後にマスターが放ったショットは完全に的球を手球から隠していた。
 学生二人にとっては「成功した」ショットに見えた。ショット後に台を見ながら椅子に腰掛けようとするマスターの表情が一瞬曇った。
 学生たちは(あれ?)と不思議そうな顔をした。当てることはさほど難しくないにしても、そこからポケットを狙うことは出来なさそうだし、展開を変える場面には思えなかったのだ。
 
 マスターの(しまった)という気持ちを、佐倉は完全に把握していた。立ち上がるとクッション際の球の配置を念入りに確認し、キックショットからの正確なセーフティーショットを放つ。手球は一度クッションに当たってから的球をはじき飛ばし、マスターが隠したはずの妨害球の裏に手球をピッタリとくっつけてしまった。
 クッションと妨害球に行く手を阻まれた手球は、撞く方向が極度に限定され、セーフを取ることさえ難しい。
 そうしてマスターからファールを奪い、フリーボールを得た佐倉は軽やかに、まるでワルツのようなリズムで次々と的球をポケットに吸い込ませていく。ポケットのブーツゴムにボールが当たり、カコーンという甲高い音を奏でる。それだけしっかり撞けていて、さらに言えば正確にポケットの中心を捉えているからこそだろう。
 
 セット数が6対3と佐倉のリーチで次のラックを迎える。このセットを取れば佐倉の勝利だ。マスターにとってはただ椅子を温めるだけで何もすることはできない。
 
 「何と不公平なことか」とはマスターならずとも、誰しも思うことかも知れない。ビリヤードのセットマッチでは多くの場合、セットを取った者が引き続いてブレークを行う。極端に言えば、一度もショットせずに勝負が決することもあり得る。しかしこの時のマスターはむしろ、次の撞き番が回ってくることを祈り、そのときには後悔しない最良の選択をしようと心に誓っていた。試合中に失敗を引きずらず、うまく気持ちを切り替えることは、勝つための必須条件と言えよう。
 
 しかし残念ながらそのときは来なかった。佐倉のブレイクは相変わらず強烈ではあったが、下半身がブレずにそれまで以上に安定したフォームとなっている。先ほどまでとは打って変わって、誰の目にも慎重さが感じ取れるようになっていた。
 
 まるで、「このセットを確実に取って終わらせるんだ」と宣言したかのように。
 
 実際に一つのショット、どれを見ても慎重というか、入念な感じだった。それまで以上に球の配置、手球のポジション、テーブル上の一つのチリも許さないように気遣う様子は鬼気迫るものだった。
 ブレイク後の配置も良かったが、一球一球を丁寧に丁寧に扱っていく。正確なショット、精緻なポジショニング、華麗に舞うようにショットを繰り出していく。
 
 ある学生はゴクリと唾を飲み込んだ。もう一人は息をするのさえ忘れてしまいそうになっていた。
 
 8番をポケットし、9番を外しようがないような完璧な場所にポジションする。
 
 マスターは思わず立ち上がり、「OK!」と宣告すると佐倉に握手を求めた。


  • 2019年2月21日(木) 17:12 by 芦木 均

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