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Race To Eleven
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毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第3話 2本のキュー
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  やや薄暗い店内の中でライトアップされたように鮮やかなグリーンのラシャが光を放つ。店内最奥に位置するブランズウィック・ゴールドクラウンⅤテーブルは、娯楽用によく使われるビリヤードテーブルとはまた違った存在感を主張している。天井から吊された4つのダウンライトはテーブルの隅々まで正確に照らし出し、ラシャの上に散らばったカラフルなTVボールはゲームをよりドラマティックなものに演出している。

 テーブルの脇に立っているのは佐倉と名乗るまだうら若い女性だった。彼女が手にしているのは一番よく使用するキューで、ブレイクキューと同様にバット部分が黒檀でできており、まるで闇の中を桜の花びらが舞い散るような貝殻のインレイ(埋め込み装飾)がなされている。ダウンライトの光はインレイの貝殻に当たり、角度によって様々な変化を見せる、まるで宝石のような美しさだ。
 
 普通で考えれば、毎日のようにマスターが撞いているプールテーブル、クッションの跳ね方からラシャの転がり方、ちょっとした癖まで手に取るようにわかる熟練。それに対して初めて訪れた店で不慣れでもあり、体力的に劣る女性プレイヤー。学生たちの予想では、いくら佐倉が上手かったとしても7セット先取というほどほどに長いゲームで勝ち目は少ないと感じていた。
 
 しかし、最初のラックのブレイクで2球がポケットインすると、やはり台の周りをぐるりと回って配置を頭の中にたたき込み、戦略を練ってから最初のボールに向かう様は、学生たちにとっても勇ましく見えた。きれいに散ったボールは特にトラブルもなかったが、佐倉は序盤を慎重に攻めた。多少、ポジションが合わない部分もあり長く出過ぎたり、短くなってしまったりと、ときには難球になりながらも慎重にポケットしていく。どこか重苦しい雰囲気を漂わせていた。そうしてたどり着いた9番ボールをしっかりと狙い、ブレイク・ランアウトで相手に一度も撞かせることなく最初のセットを物にした。
 
 マスターがラックを組んでいる間だ、佐倉はキューのシャフトをタオルでから拭きすると、再びブレイクキューに持ち替えて次のショットに備える。無言のままの二人のプレイヤーの間には、自ずと緊張感が高まってゆく。
 続く2ラック目もどことなくぎこちない雰囲気がするものの、的球が次々とポケットに吸い込まれていく。佐倉は地味ではあるが堅実なプレイに終始していた。
 ここまではマスターの大石にとって、ある程度は織り込み済みだったと言える。予想よりよく入れる相手で否が応でも真剣勝負を迫られているように思える。しかしそれも悪くない。望むところだ。相手をさらに上回るパフォーマンスをすればいいだけのことだ。
 
 そして3ラック目になり、ブレイク後の配置はあまりよくなかった。2番ボールがトラブルになっていたのだ。それでも佐倉のリズムは変わらず、2番へポジションしたところでセーフティを選択する。
 ここで初めてマスターの撞き番となる。肩が暖まってないことは言い訳にできない。しっかりと肩を動かして宙でキューをしごく。そのキューは佐倉とは打って変わって明るい色合いのメープルが主体となっていて、鋭い刃が宙を切り裂くような見事な剣ハギのキューだ。インレイも巧みに使われており、ため息が出るほどの豪華なキューは実によく似合っていた。
 最初のショットが的球に直接当てられない、そんなことがまるで無関係かのような空クッションからのショットは正確に的球を捉えて力強い音を奏でてポケットする。そして手品かと疑いたくなるような手球のポジショニング。自信を持って放たれたショットは、佐倉に対して「どうだ!」と言わんばかりだ。
 そして佐倉よりもさらに力強いブレイクショットは手球をやや浮き上がらせるぐらいで、何のトラブルもない配置を淡々と取り切っていく。そうして2回のブレイクランアウトに成功し、一気に逆転した。ホームグラウンドとは言え、さすがと言うべきだろう。
 さらに次のラックに移行し、やや強く割りすぎたためか、配置にトラブルが生じた。今度はマスターの方からセーフティを仕掛けた。
 
 対する佐倉の方はすくっと立ち上がると少し考えた末、ジャンプキューを取り出す。テーブルの上に片足を畳んで載せ、反対側の足は床に接地した状態でフォームを形作る。その造作に迷いはなかった。
 


  • 2019年2月21日(木) 17:05 by 芦木 均

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