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Race To Eleven
Race To Eleven
毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第2話 ブレイク、炸裂す
Race To Eleven

 学生たちは多少ふざけながらナインボールを楽しんでいた。マスターはカウンター越しに彼らのプレイを見て、時折アドバイスを与えたりナイスショットを誉めたりしていた。そのうちの一人がテーブルの端っこにある手球をショットしようとしていたのだが、撞きづらいことと狙いが難しいことからちょうど構え直そうとしていたときだった。隣のテーブルの女性は早々にナインボールのラックを組み終え、ブレイクをしようとしている。学生の向こう側ではゆっくりと後方に引き、高く持ち上げられたキュー尻、そして一瞬の静寂を過ぎると刹那に振り下ろされるキュー。彼女の全体重が正確に手球の一点を捉え、放たれた手球はものすごい衝撃でラックを破壊し、ドン!という大きな音と共に的玉が散っていく。まるで中国の世界的女子プレイヤー、パン・シャオティンを彷彿させるようなブレイクだ。

 背後でそのようなブレイク音を聞いた学生は驚き、何事が起きたのか?ときょとんとしている。間近で見ていて驚いたのはもう一人の学生とマスターだった。彼らの視点は自ずと彼女に向かってしまう。
 ブレイクキューをプレイキューにすぐさま持ち替えると、テーブルの周囲をぐるりと回り、順番に素早くポケットしていく。フォームは美しく、背中から腰、足先にいたるまでが緩やかな曲線で繋がれたようでいて、腰から下の脚線もすらっと真っ直ぐで長く見える。ちょっとのことではぐらつかないような安定感は、彼女の華奢な体型からは容易に想像出来ないぐらいだ。
 次の撞き番を待っていたもう一人の学生も、彼女のショットに見とれてしまい、自分が撞くことも忘れてしまっていたようだ。テーブルに向かいつつも、ちらちらと彼女の方を見てしまう。むしろずっと眺めていたいぐらいだ。
 ものの5分ぐらいで肩が暖まった頃合いに、彼女はあらためてマスターに声をかけた。
 「いいですよ。」その言葉に、マスターも即座に反応して、自分のキューを取りにキューラックへ向かう。シャフトにかぶせられた布製のカバーを取り払い、
 「さすがに彼ら(学生たち)では無理だな。俺が行くしかないだろう。」「かなりのやり手のようだが、プロならある程度顔がわかる。そうでないとなればアマチュアで全国区のプレイヤーだろうか?あるいは・・・」と考えながら準備を進める。
 
 そうしてマスターは一番奥のテーブルに案内した。テーブルにかけられたシートをめくると現れたのは他のテーブルよりもコンディションの良さそうな台で、いわゆる「華台」と呼ばれるものと同じだ。学生たちがプレイしていたテーブルと比べてもポケットの穴幅が狭く絞っているため、完全に上級者用のテーブルである。夜の常連客が来るまでの時間帯で使われることは滅多にない。
 「ゲームは何にしましょう?何でもいいですよ。」とマスターが尋ねると、彼女は「では、ナインボール7先で。」と答えた。つまり、7セット先取のセットマッチゲームである。
 「では、ブレイクをどうぞ。」とマスターが言う。通常の試合ならバンキングでブレイク順を決定することが多いが、マスターにとっては完全にホームグラウンドであり、コンディションも把握しきっている。ゲストに対してのハンデとしてブレイク権を譲ることは自然なことだったし、彼女の方でもそれを快く受けた。
 カフェテーブルの上に置かれたホワイトボードにマスターはまず自分の名を記した。そうして彼女の名を尋ねた。
 「私はサクラです。」彼女が答え、マスターがホワイトボードに「桜」と書こうとすると、「いえ、佐藤の佐に倉敷の倉です。」「ああ、佐倉さんね。」マスターはあらためて自分の名を名乗り、「大石です。よろしくお願いします。」佐倉も「よろしくお願いします。」とゲーム前の握手を交わす。
 
 学生たちは自分たちのゲームをいったん中断し、マスターと佐倉との対戦を見ることにした。彼らが信じているマスターはベテランの域であり、体格もがっちりしている。それに対していくらブレイクが凄いと言っても小柄で若い女性がどんな勝負になるのかを見守りたかったのだ。
 マスターが手早くラックを組むと、佐倉がテーブルのレール際近くに手球を置き、真っ黒なブレイクキューを素早くしごいて狙いを定める。そして先ほどのようにゆったりとした動き、キューをゆっくりと手前に引き、キュー尻は彼女の肩の位置よりも高いところで静止し、体重をかけて一気に振り切る。再びドンッ!という音がホールに響き、ゲームが始まった。
 


  • 2019年2月21日(木) 17:02 by 芦木 均

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