第六章 偽りのマスク
第104話 進撃の虎
龍はやや困惑したような表情をして続けた。
「今、関西で暴れまくってる、あるプロの存在を聞いたことはないか?」
「さあ?」
「暴れまくってるって?」
マスターと牛島が答えたが、誰もピンときていない様子だ。
「暴れまくっているというと違うけど、活躍してるっていう意味ではタイガーマスクっすかね?」
牛島がそう答えると龍は頷いた。
「どうかここだけの話しにしてくれ」
龍が前置きすると、一同は静かに頷いた。
「実は彼、タイガーマスクは、上位入賞をしないことを条件にマスク着用での出場を許されてたんだ。だから彼は2日目には残ることがあっても、それ以上は決して進むことはない」
「でも最近、優勝してますよね…。確かこの前も、その前もそうだし」
「そう、そうなんだよ。変だと思わないか?」
「うーん…、約束を反故にしたくなったんスかね?」
「急に強くなったとか、勝ちたくなったとか?」
龍は静かに首を横に振った。そしてある提案をした。
「奴の試合を流すことはできないか? ネット動画でも何でもいい」
「お安いご用ッスよ!」
牛島はそう言って、テレビに自分の携帯電話を繋ぎ、試合の動画を見れるように素早くセッティングをする。
「今流れているのがこないだの決勝戦ッスね」
皆が食い入るようにその動画に見入っていた。
「いや、特に普通じゃないッスか? タイガーの試合は何度か観たことがあるけど、確かにシュート力が上がってるかな?ってぐらいで…」
そう牛島が言うと、じっと見ていたお嬢と佐倉が何かに勘づいたようだ。
「これ、ブレイクのときの間の取り方とか…」
「ドローショットのときのテイクバックがちょっと独特のクセというか、そういえば最近どこかで見たような・・・?」
「誰かわかるか?」龍が問いただす。
「確信は持てないけど、何となく、ね・・・」
「まぁ、それだけで今は十分だ。恐らく、コイツの中身は以前と違うはずだ」
「えっ?まさか・・・」
「たぶんな。それともう一つある。 それは、ティップが希少になっている原因の一つに、このタイガーマスクが絡んでいるという噂があることなんだ」
「何か証拠があるんですか?」
「いや、残念ながらこれもまだ噂の域を出ていないんだ。牛島君、キミなら何か知らないか?」
「そういやネット掲示板で目にしたような気もするけど…、デマのたぐいじゃないッスかねぇ?」
「だといいんだがね、いずれにせよ全日本選手権には奴も出てくるだろう。間近で見れば何か掴めるかも知れん」
「うーん」
皆が黙り込んで考え込んでしまったのをよそに、龍はチケットを取り出してテーブルの上にバーンと出した。
「そうそう、これはオレからのプレゼントだ」
「全日本選手権のチケットじゃないッスか! ひゃっほー!」
「頂いていいんですか?」
「是非、観に来てくれ。もちろんオレの応援に、な」
「はい、是非!」
「絶対、優勝してくださいね!」
「まぁ、頑張るよ」
スポーツの秋が深まると全日本の季節がやってくる。文字通り日本最高峰の試合である。世界中からやってくるプレイヤーと日本人選手たちの活躍を目の前で観戦できるチケットを手に、若きプレイヤーたちは心を躍らせた。
一方、ビリヤード界で起きている不穏な動きについて、まだその全貌を知るものはいなかった。
- 2014年5月13日(火) 07:00 by 芦木 均