ビリヤードを見る☆知る☆楽しむ
ビリヲカTOP > プロ名鑑
国内男子プロ名鑑
国内女子プロ名鑑
海外男子プロ名鑑
海外女子プロ名鑑
若干19歳で全日本オープンローテーション選手権大会でファイナル(対奥村健)を経験し、一躍、全国に名を馳せた『サムライ』。 JBCのエースとして長きに渡り君臨した後に、2010年にJPBAへ移籍。入賞を重ねて早くも『チームジャパン』の1人として期待が寄せられる。
Jリーガー初のビリヤードプロ転向。高校大学ともに得点王を経験し、ナンバーワンフォワードとして活躍。Jリーグでは延べ9年にわたりアグレッシブなプレーを披露した。 現在はプール界の『得点王』を目指して、修行を重ねる状況にある。ヴェルディ時代のキャッチコピーは『爆走機関車』。サンガ時代の応援キャッチは『一撃必殺、天下無敵』。
国内屈指の高いプロ意識とパフォーマンスを兼ね備える、トライリンガル(日・中・英)の『アマゾネス』。 豊富な経験値はもとより、魅せるポテンシャルは国際Aクラスで、台湾で培ったコーチ能力も見逃せない。
2007年の北陸オープンを制覇して全国区デビュー。 以下、編集中
東日本の主力格候補として着実に力をつける1人。 確実に階段を上っており、大舞台でのファイナル経験もあることから、『初優勝に最も近い1人』と囁かれる。
1998年のアジア競技大会日本代表をはじめ、国内のトップに属するベテランプレイヤー。 地理的にトーナメントにフル参加していない年も多いが、エントリーした試合のアベレージは極めて高い。
奈良ローテーションクラブの若手代表として活躍の後にプロ転向。アマチュア最後の2006年には都道府県対抗で日本一に。 プロではルーキーイヤーに東海ナインボールグランプリで優勝を遂げた。現在は愛知県を拠点に活動中。
豪快なアクションと太い腕から繰り出すパワーブレイクは世界一と評され、ブレイクでシャフトを裂いたというエピソードを持つ。 ポジティブシンキング&陽気で人懐っこい性格から、国際試合の場でも視聴率を稼ぐ。
男子に比べると国際試合で活躍がなかったフィリピンプール女子界の初代エース的存在。 2007年に世界選手権でファイナルに進出を果たすと、2009年にはテンボール世界選手権で堂々の世界制覇を遂げた。
無理のないクレバーな組み立てと、高いトータルバランスを武器にハイアベレージを残す『リトル・モンスター』。 '05年世界選手権ではファイナルへ進出を果たし、世界王者に手が届きかけたが、1つのノークッションファウルから呉珈慶が5連取を遂げたため惜しくも準Vに。'10年には世界選手権で2度目の準優勝。
13歳からビリヤードを始め、'92、'93年にはジュニア世界選手権を2年連続で制覇。 日本では'04年のジャパンオープンで優勝したことにより、台湾の強豪選手の1人として知られることとなった。
10代半ばでジュニア世界選手権、ジャパンオープンを制するなど、早熟な天才肌で男子の呉珈慶と並び称される『中国のじゃじゃ馬』。 猛スピードで圧巻のランアウトを量産する一方で、一本気にしてやや短気とされる性格からトラブル系の話題にも事欠かない。大人になり再び開花するかに注目が集まる。
親交の深い柳信美の妹的存在にして高い実力を評価される台湾女子の実力派。 日本では2009年のジャパンオープンを制して名を馳せる存在となった。 2009年シーズン途中に譚湘玲から譚禾耘に改名(姓名判断によるといわれる)
日本のオープン戦に積極的に参戦して度々の上位進出を果たすチャイニーズレフティ。 2007年には中国レディースオープンで優勝。フィリピンへも修行に訪れている。 2010年に44期生(後期)としてJPBAに入会した。
コルテッツァ、コルテザなど発音は人により異なるが、バンバンの愛称で日本人選手からも親しみのある陽気なフィリピンプレイヤー。 2006年の全日本選手権で優勝して、その存在を日本国内に知らしめた。フィリピンではギャンブルの名手としても有名な存在。
回答