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Race To Eleven
Race To Eleven
毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第98話 マスクマン
Race To Eleven 第六章 偽りのマスク 
第98話 マスクマン
 
 ---5時間後、広島。
 
 
 
 男はあるビリヤード店を訪ねた。
 「いらっ…しゃ…」
 その店の店主も小柄な男だったが、いらっしゃいませと言いかけて、取り消した。
 「なんじゃ、見たことのある顔つきじゃの」
 「フン」
 「今日は何の用事か?」
 「噂じゃこの辺りに、マスクで顔を隠した卑怯者がいるらしいってことなんでね。一勝負しにきたのさ」
 店主は一瞬のうちに沸騰しそうだったが、周りを見渡してこう告げた。
 「マスクの話しはここじゃあせんでくれ。まだ学生がいるけぇ。あのお客がいんだら相手するけ」
 そう言うと、店主は大河をカウンター席の方に案内し、白いカップにコーヒーを煎れて差し出した。
 大河はざっと店内を見渡し、学生らのプレイを少しだけ見たが、その後は彼らに背を向けたままコーヒーカップに視線を落としていた。
 
 店主は手の内に緊張を感じていた。残された雑事、テーブルの片付けをし、食器を洗いながら気持ちを落ち着かせていた。
 
 この店主はビリヤードのプロ選手である。試合では虎のマスクを被り、タイガーマスクさながらのパフォーマンスを演じていた。子供たちに夢と希望を与えるため、というスタンスのため、マスクの中身が誰であるかは秘密である。もちろんこの店の常連たちもこの事実を知らない。
 試合のビデオを店で流しては、客たちと一緒に応援するのが常だった。
 
 マスクをしながらのプレイは、視界が遮られることによって難しくなる。目の部分はうまくくりぬいているものの、このスタイルでまともにプレイできるようになるまでには長い期間がかかった。
 そして試合の上位でも活躍するようになって徐々にファンも増え、今では施設に訪問した際にも子供たちに人気が出てきたところである。まさにビリヤード界のタイガーマスク、である。
 
 
 
 店主は表の看板の明かりを消し、閉店の支度をしていた。そのうちに学生たちが疲れてキューを片付け、会計を済ませて出て行くと、古いガラス戸の鍵をガチャンとかけてメインテーブル以外の蛍光灯を全て消した。
 店主は思いつく限りの用事を済ませておいた。携帯電話の電源も切ってしまい、店の電話を留守番電話に設定するほどの徹底ぶりだ。というのも、彼にとっては集中を妨げる一切合切をシャットアウトしなければ勝てないだろう、との思いがあったからだ。
 
 突然の来客である大河は、そうした店主の行動に焦れるでもなく、じっと待っていた。恐らくそれが1時間であろうと半日であろうと待ったかも知れない。相手が逃げ出す以外であれば、いつまでも待っているつもりだった。そしてどんなことがあってもコンセントレーションを乱さない。
 
 店主にとってはそんな大河の隙のなさが余計に腹立たしかった。
 
 
 「ええよ、待たしたのォ」
 「ああ…」
 大河はゆっくりと腰を上げ、この店のメインテーブルへと向かった。その様子をうかがっている店主にこう告げた。
 「あんたのマスクを賭けて勝負したいんだがね」
 「ほぉ…」
 店主は黙って納戸を開け、大きなダンボール箱から目的のブツを取り出してメインテーブルの隣の台の上に放り投げた。
 「こんなモンで? で、アンタは何を賭けなさるね?」
 「オレは…」
 大河はカバンの中から茶色い紙袋を取りだし、ガサガサと手でまさぐっては中身のものをそのテーブルの上に放り出した。
 「あんたの名誉と…」
 そう言って袋の中から放り出したのは100万円の札束だ。
 「夢と…、希望を…」
 一言ごとに札束が積み重ねられる。
 「賭けようじゃないか」
 「お、おいおい、300万もかよ。このマスクに!? ハン?」
 「これで足りなきゃまだ何か賭けるかね?」
 そう言いながら、まだまだ札束が収まっていそうな紙袋に再び手を突っ込むと、店主はそれを言葉で制した。
 「いや、もうそのぐらいにしてくれ。これ以上となると札束が気になって集中でけん」
 「オーライ」
 そう言い放って大河は札束の詰まった紙袋をカバンの中に仕舞い込んだ。
 「ふぅ…」
 店主は大きなため息をついた。
 「で、ゲームは何をしなさるね…?」
 「何でもいい。何だってオレが勝つから」
 「たいした自信じゃの。じゃ、今流行りのテンボールを、7先で5ゲーム先取ってとこで、どうじゃ?」
 「オーケイ!」
 
 店主にも考えがあった。たとえどんな強敵であっても、ヨーイドンのショートゲームなら、テーブルに慣れている店主の方に分があるだろう。しかし、あっさり負けてしまって悔いが残ることも十分にあり得る。相手の実力のことはおおかた評価していた店主だが、「納得のいく勝ち方」で勝ってこそ、次への自信にも繋がるだろう、とそう思っていた。
 また、ちょっとした戦略ミスもロングゲームだと挽回できるだろうし、体力勝負には自信があったのだ。一番肝心なことは、大河が自分よりも実力が下回っているだろうという予測に基づいている。テンボールを選んだのは、大河が現役を退いているだろうと踏んだからである。
 
 かくして誰も観客のいないプライベートマッチはスタートした。隣のテーブルにはタイガーマスクのかぶり物と、そして300万もの大金が放り投げられたままの状態で置かれていた。
 
 
 バンキングは店主が取った。
 ドーーーン!という大きなブレイク音が狭くて暗い店内に響き渡った。
 


  • 2014年1月25日(土) 01:11 by 芦木 均

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