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Race To Eleven
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毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です

第99話 マスクを賭けた闘い
Race To Eleven 第六章 偽りのマスク
 第99話 マスクを賭けた闘い


 
 「ふぅ。こんなハズじゃなかったんじゃが…のォ」
 
 店主は額にかいた汗を拭いながら次のゲームのバンキングのために2個のボールをセットし、独り言を漏らした。
 彼の予想では前半にリードを得て、後半はそのリードを保つような展開であった。しかし実際には挑戦者である大河が立て続けに3ゲームを先取して追う展開、次のゲームはフルセットの末、最終セットをモノにしてやっと一つを返して3対1というスコア。
 
 彼の振り返りによると、最初の方は300万という大金に力みが加わり攻めすぎてしまったり、逆に守ってセーフティを巧みに取り入れるも中途半端になって裏目に出ることが多く見られた。大河はその隙を見逃さずに着実にポイントを重ねていく。
 3ゲーム目からはようやく冷静さを取り戻して自分のプレイができるようになったが、大河は最初から自分のペースを保った盤石のプレイを披露する。ショットの正確さ、戦略の冷静さでは店主を大きく上回っていた。
 
 
 第5ゲーム目のバンキングが始まり、店主は己の気持ちを強く保つことを心がける。
 「そうは言っても、オレは西日本のプロツアーシリーズでベスト16の常連だ。奴はしばらくゲームから遠ざかっている。粘り強く自分のプレイができればそう簡単に負けることはないはずだ。しかし、それにしても…」
 
 それにしても、大河のプレイの気迫、温度差というものに彼は違和感を感じていた。勝つことを意識して熱気が籠もったような自分に対し、大河の方はまるでよその世界でプレイをしているような冷静さを保っている。
 「奴は300万という大金のプレッシャーを全く感じていないのか?」
 そうした疑問が脳裏をよぎる。
 いやいや勝負に迷いは禁物だ、とばかりに彼は首を左右に振って目の前のテーブルに向き合った。
 
  しかし、その後の大河のプレイの凄まじさは店主の想像を超えていた。全くミスが無い。大河にとって、ブレイクによる配置の不運は多少あるものの、こうしたときにはうまくセーフティを織り交ぜて、着実にそのセットをモノにしていく。
 
 大河が隠す。それを店主がクッションから当ててまた隠す。さらに大河がクッションから当てて返すというセーフティ戦においてさえ、大河が集中を切らすことはなく、手球と的球を絶妙な位置関係へと運んでいく。
 
 (巧い!)
 店主は心の中で叫んだ。
 テンボールというゲームはコールショットで行う。マグレはほぼ存在せず、狙いは明確だ。
 特にクッションから当てる場合でも、セーフティなのか、的球をシュートしにいくのかはコールしなければならないが、シュートを選択したボールはまず外さない。
 二人の「セーフティ」コールが続く緊迫した場面において、店主が完璧と思ったショットに、大河はチッチッと人差し指を振った。
 疑問に首をかしげる店主に、大河は答えた。
 
 「そのショットじゃ無い。このセーフティ合戦はもう詰まれたよ」
 
 そう言って放ったショットは、2回のクッションを経て的球に軽くタッチし、手球はもう一度クッションに当たって2つの妨害球に挟まれた。
 
 「し、しまった…」
 
 店主がそう思ったときには遅かった。2つのボール、そしてクッションの間の狭いエリアに阻まれた手球は、ファールせずに移動できるラインをことごとく寸断されていた。
 悪あがきと言えばそれまでだが、店主は額に汗を掻きながら、他のボールをうまく動かして取り切れなくする、いわゆる故意ファールをする以外に方法がない。店主は故意ファールを選択したが、焦りからかうまくトラブルを作ることができず、あっさりとこのセットを失った。
 
 「ちょ、ちょっと、タイムアウト、だ」
 店主はそういうとタイムの宣告をした。
 
 「10分、いや、5分でいい」
 そう言うと、店主はカウンターの中に入り、ガチャガチャと音を立てて引出の中をまさぐった。
 
 (確か、この辺にあったはずだ…)
 
 ずいぶん前に客が忘れていったセブンスターの箱とライターを探し出し、中から1本だけタバコを取りだして店の外に飛び出していった。
 
 
 タバコに火をつけ、夜空に煙をくゆらせる。
 
 「ふう…」
 店主は空に向かってため息をついた。まるで天に助けを乞うかのように。
 


  • 2014年2月 4日(火) 17:11 by 芦木 均

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