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Race To Eleven
Race To Eleven
毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です


第95話 牛島からの依頼
Race To Eleven  第六章 偽りのマスク 第95話 牛島からの依頼
 
 
 葵との一戦を終えて以降、佐倉の上達には目を見張るものがあった。実戦をイメージしながらの基礎練習を黙々とこなす。堀川ビリヤードにお客がいないときにでも、佐倉のテーブルの周りには仮想の対戦相手やギャラリーが常に存在した。
 常に周囲の視線を感じているかのような錯覚を起こすように、祭りの出店でいくつものお面を店の壁に飾った。ただしこれは常連客に不評だったため、すぐに取り払われる結果となったが、重鎮たちはこの様子を見て歓喜したものである。
 思いついたことは何でもやってみる、彼女がそういう人間なんだと周囲も納得し始めていた。
 
 
 日が落ちかけたぐらいから常連客がちらほらと顔を覗かせる。
 店に着くなり台の清掃も全て終え、いつでも客を迎え入れる準備が出来ている。それはひとえに練習に集中するためだ。やはり葵との対戦が、ライバルの存在が彼女を変えたのだ。
 
 「あの娘には二度と負けない」
 
公言しなくても行動がそれを表していた。
佐倉はおとなしいタイプだ。しかし真ん中に芯が通った彼女の姿勢は、ある種の”説得力”を持っていた。
 
 
 練習をしている彼女の元に、牛島がいつもよりも早めに登場した。
 「やっ、がんばってるね」
 「おはようございます。あたしなんてまだまだ下手っぴだから、人よりたくさん練習しないと、ね」
 軽く言葉を交わすと、佐倉はまた目の前のテーブルに向かって練習を再開した。
 牛島には彼女が一分一秒を惜しんで練習に勤しむ姿が頼もしく思えた。
 
 「オレもちょっとは練習した方がいいかな…」
 そう言って彼も自分の苦手を思い出してはなんとなく課題を決め、練習をし始める。一人の純粋なプレイヤーの存在が、店全体にピリッとした緊張感を与えていた。しかしその緊張感とはどこか心地の良い、清々しさを放っている。
 
 
  牛島が見ていると、ときおり彼女がキューミスをする場面があった。彼女は毎回チョークを付ける習慣があるので、牛島はふと気になり、彼女にキューを見せるように言った。
 
 「あー、やっぱり」
 「何がですか?」
 「ずっと練習しているからタップがこんなに薄くなってら…」
 「え? タップが、ですか?」
 「ほら…」
 あまり道具に詳しくない佐倉だったが、他のキューと比べて見せられると、明らかにタップが薄くなっていた。
 
 「オレが替えてあげるよ。何がいいかな? ね、佐倉さんはタップの好みとか、ある?」
 「うーん、全然わからないです。そもそもタップを替えたことなんてなかったから…」
 「ええ? 一度も?」
 「はい」
 にっこりと微笑む佐倉に、牛島は返す言葉も見つからなかった。
 「しょうがないな、オレの方で適当に合わせておくよ。ちょっとキューを貸してもらっていいかな?」
 「はい、どうぞ。お願いします」
 
 キューを受け取った牛島は店の工具箱の中から革裁ちナイフを取り出すと、今付いているタップをキレイに切り落とし、シャフトをクルクルと回転させて先角に残った革を器用に削いでいった。
 取り外したタップの裏面を見て、牛島は首をかしげた。
 
 (見たことないタップだな…)
 
 そのタップを硬い机の上で叩いてカンカンと鳴らし、だいたいの目星を付ける。牛島はキューケースの中から数十種類はあろうかというタップが収まったケースを取り出し、その中から一つを選ぶと下側の面を金やすりでキレイに平に仕上げる。
 接着剤でくっつけるとテープで上から固定してラックに立てかけた。
 
 「接着剤が硬化するまで時間が掛かるけど、それでもよかったかな?」
 「はい、いいですよ。おいくらですか?」
 「いや、タップはタダであげるよ。その代わり…」
 「その代わり?」
 佐倉は首をかしげた。
 
 
 牛島は少しの間沈黙して、何か言い出そうとしては言い出せずに戸惑っていた。
 
 (何だろう?)
 
 佐倉も首をかしげていた。牛島が何かを切り出すキッカケを一所懸命に探っている様だったが、店の周りを気にしながら思い切って口をついたのは意外な言葉だった。
 
 「あ、あの…」
 牛島はハッキリと赤面していた。額にもうっすらと汗をかいていて、明らかに普段の彼とは違っていた。
 「佐倉…さん、に、頼みがあって…」
 「は、はい…」
 「そ、あの、その…」
 「?」
 「カレシがいるかどうか、聞いて欲しいんだ」
 「はい、え? だ、誰の?」
 「あ、そう、そうだよね、それが大事だよね」
 あまり勘が鋭くなさそうな佐倉にさえ、ようやく何のことか納得できた。
 「ひょっとして…マキさんのこと?」
 牛島の顔が赤面のせいで爆発しそうになっていた。
 「そ、そうなん、で、です。お、お嬢の…」
 「好きなの?」
 「え、いや、好きっていうか、憧れっていうか…」
 「好きじゃないの?」
 「す、好きです、ハイ…。ごめんなさい」
 佐倉は牛島がなぜ謝っているのか理解できなかったが、当の本人も同じだった。
 
 「わかったわ、それとなく聞いといてあげる」
 佐倉は滅多としないウインクをキメて見せた。
 「かたじけない…」
 牛島は佐倉に向かって最敬礼ほどのお辞儀をした。
 「この貸しは大きいわよ」
 佐倉は恩着せがましく大上段に構える。どうやらタップ交換程度のお礼では足りないらしい。
 
 
 「じゃ、オイラはこれで…」
 一世一代の大勝負?を告白した牛島は、場代を払うのも、取り付けたタップを成型するのも忘れ、カバンだけを持ってそそくさと店を去って行った。
 
 「これ、どうしたらいいんだろう? マスターに聞いてみようかな…?」
 取り残された佐倉は、中途半端に取り付いたタップを見ながら呆然としていた。



Race to Elevenの過去の記事は こちら をご覧ください。


  • 2013年10月29日(火) 07:00 by 芦木 均

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