Race To Eleven
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毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です

第91話 葵の作戦
Race To Eleven 五章 ブレイクランアウト  第91話 葵の作戦


 決戦当日の夕方に、六道は酒井家を訪れた。六道は自分の車を邸内に停め、瀬名が運転するセンチュリーの後部座席に二人が座る。六道と葵が横に並んで移動するなど、これが初めてだ。
 
 短い道中だったが、六道の方から葵に話しかけた。瀬名は黙ってハンドルを握っている。
 
 「なあ、どうしてそこまであの娘に固執する?」
 「さあ、どうしてでしょうね…」
 葵は助手席越しに遠い景色を見ていた。
 「たとえば、そう、たとえばだけども、努力して世界を獲ることを考えてみないか? そりゃ簡単なことじゃないが…」
 「世界を獲る? わたしに世界一になれって言うの?」
 「まあ、そんなたやすいことじゃないさ。千里の道も一歩から。お前には才能があるし、まずはジュニアの世界で日本一を目指してから…」
 
 六道のアツイ想いは次の一言で一気に冷めた。
 「興味ないわ」
 
 六道は焦りすぎてついつい先走ってしまったことを自戒した。高すぎる目標設定は選手にとってマイナスになることもある。もっと想像しやすい、手の届きやすい目標から提示すべきではなかったのか。
 六道は黙り込んでしまった。瀬名は相変わらず黙っている。
 すると、葵はなにやらブツブツと呟きだしたのである。
 
 「世界… 世界を獲る。 世界を… 取る。 世界を… 盗る…」
 「うん?」
 「そうね、悪くないわね」
 「どういう意味だ?」
 六道は不思議に思った。そんな舌の根も乾かぬうちに180度正反対のことを言うような娘ではないはずだ。
 「あの娘にムカムカする理由がわかった気がする」
 「?」
 「お兄様の視界にあの娘がちらちらと映り込んでくるのが目障りなのよ、きっと…。だから、わたしはあの娘の見る世界が、すべて、わたしの手の内にしか無いことを思い知らせてあげる」
 「うーん、よくわからんが、どこまで行ってもお釈迦様の手のひらの内、みたいなものか?」
 「あの娘のビリヤードを、私の中で支配し続けるの…」
 

 六道には言っている意味がよくわからなかった。それは運転しながら会話を耳にしていた瀬名にとっても同じだった。二人とも背中にぞくっとする異常性を感じていた。
 
 「あの娘に圧勝することだけを考えていたけど、それはやめるわ。ギリギリにじらしておいて、格の違いを見せつけるようにして打ち負かせてあげる」
 
 六道は内心、そんなことが可能なのか?と思った。今日の対戦は5セット先取のナインボール。ちょっとの油断が負けに繋がるシビアなゲームだ。つまり、相手にセットを取らせておいて最後には逆転する。そんな芸当をする余裕があれば、さっさと勝ってしまった方がいいに決まってる。
 
 「なぜ、自分をそんな不利な状況に追い込む?」と、六道は喉の奥まで出かかっていた言葉を飲み込んでいた。ひょっとしたらゲームメイクのセンスにおいて、自分より彼女の方が勝っているのか?


 3人が堀川ビリヤードに到着すると、予想以上にギャラリーが集まっていた。まるでボクシングのタイトル防衛戦のような様相だ。暇人が多かったのかも知れないが、『果たし状』を送りつける人間がいったいどんなものかと、物見遊山で来ているものが大半だろうか。葵がファイターなら六道はセコンドといった感じでギャラリーをかき分けるように登場し、二人は拍手で迎えられた。

 葵は黒い革製のキューケースから自分のキューを取り出し、ゆっくりと組み始めていた。
 すると、側に付いていた六道に向かって誰かが吐き捨てるように言った。
 「おい、ミスター・チキンやんけ…」
 「臆病モンがコーチやなんて、たいしたことないよな」
 六道は頭に血が上って怒鳴りつけようとするのを我慢していた。
 が、次の瞬間、ドン!という音がして周囲がざわめいた。
 葵がブレイクキューのキュー尻を床に打ち付け、反動で会話の主の喉元目がけてキュー先を突きつけたのである。葵の目はその主の両目をキッと睨み、いつでもキュー先に力を込められるような体勢を取っている。
 
 「闘うのはわたしよ」
 
 六道は黙っていたが、自分がされたようなぐらいに驚き、ギョッとした。会話の主二人はばつが悪そうに店の反対側の隅へと去って行った。

 佐倉が立ち上がって葵に近づき、互いに握手をした。場内にはワーッと歓声が響き、先ほどのトラブルはかき消されてしまった。
 堀川ビリヤードの中央のテーブルで両者のバンキングが始まった。
 撞き終わると葵はすぐさま椅子に腰掛けた。葵の”強すぎる”バンキングで佐倉の先行が決まった。


 

Race to Elevenの過去の記事は こちら をご覧ください。



  • 2013年5月28日(火) 07:00 by 芦木 均

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