TOP > スペシャルコンテンツ > Race To Eleven > 第1話 港町のプールバー


Race To Eleven
Race To Eleven
毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です

第1話 港町のプールバー
Race To Eleven §§ 序章 §§

 石畳に煉瓦造り、そんな建物がまだ点在する港町の一角に「Pool & Bar Gusto」は存在した。この店は、バー「ガス燈」の閉店と共に店を譲り受けたオーナー兼マスターが店内を改装し、かつてバブル期の栄華の象徴でもある「プールバー」を現代に復刻させたスタイルの店だ。改装と言っても、木のぬくもりを感じさせるバーカウンターや、ステンドグラスをあしらった窓はそのままに、ビリヤードテーブルを3台、そしてダーツを2台置いている他は「ガス燈」時代と変わりない。
 この店は昼間は港町の観光客でカフェとして賑わいを見せ、夕方には近くの学生がビリヤードまたはダーツに興じ、夜は会社帰りのサラリーマンやOLたちが歓談したりするような、一日のうちでもめまぐるしい変化に富んだ店だ。船の寄港とともに外国人の来客が多くなることもある。
 現在のマスターはやはりビリヤード好きで、アマチュアの大会で入賞の経験があるほどの腕前だが、ビリヤードやダーツのような「人と人の繋がり」が好きで、また酒場のように活気ある空間も好きなため、この港町でこのような店を経営することは至極自然なことだったようだ。

 この日はなんということはない、過ごしやすい日だった。辺りがほんのりと夕闇に包まれ、この時間帯は客層の入れ替わる合間、夜の客でごった返す前の静かな時間帯だった。店内には二人の学生客が一番手前の台でビリヤードをしていた。彼ら以外にはカフェの客が数名、そしてこの店のマスターは学生客のビリヤードを眺めていた。
 学生客はまだそれほどビリヤードの歴はないが、ゲームを楽しむには十分に慣れてきており、マスター仕込みのフォームもサマになっている。学生客の二人はナインボールを楽しんでいた。他にも学生の常連客はいるが、今日は忙しくて来ていないようだ。ときどき、「ナイスショット!」という声が聞こえることもあれば、外してしまって「ああー。」とため息を漏らすこともある。カフェの方の客は商談のためなのか、周囲にはあまり関心が無いようだった。

 時間がゆるやかに過ぎ去っていく頃、重い木製のドアをギイと開ける音がした。ベルがカランカランと鳴り、マスターはドアの方に振り返った。そこに現れたのはキューケースを担いだ若い女性客だ。今時、女性がキューケースを担いでいる姿は特に珍しいものではない。が、女性は明らかに一見客であり、もう片方の手には旅行ケースを携えているところが妙にミスマッチして見えてしまう。
 「おはようございます。」と女性客はマスターや学生客らに向かって挨拶をした。マスターは3台並んだビリヤードテーブルの真ん中の台に向かって、「こちらでいいですか?」と答えた。女性客は「ええ。」と笑顔で軽く会釈すると、真ん中のテーブルまで荷物を運び、カフェテーブルの椅子に座り込んだ。
 カフェテーブルに軽くもたれさせたキューケースは牛革製の高価なもので、使われていて年季が入ってそうだ。ケースには「Caution!」と書かれた取り扱い注意の赤い札が幾重にか貼られているのがわかる。そして少し小柄な深いピンク色の旅行ケース、これらを見れば旅行者であることは容易に想像出来るだろう。
 濃いブラウン系に染め上げられた髪の毛はやや丸く、短くまとめられたボブ系の一種で、活発で清潔な印象だ。明るい大柄のチュニックワンピースとデニムを着こなし、黒いショートブーツが脚線をきれいに表現している。
 彼女はアイスティーをオーダーすると、キューケースからキューを取り出し、慣れた手つきで組み始めた。キューは全部で3本、プレイ用のメインキュー、ブレイク用、そしてジャンプ用である。競技としてのビリヤードではこれら3本は必須と言っても過言ではない。
 マスターがアイスティーの入った背高のグラスとストロー、コースターをカフェテーブルの上に持ってくると、彼女が声をかけた。
 「後でどなたかにお相手してもらっていいですか?」と澄んだやや高い声で尋ねると、マスターは「はい、いつでも準備ができたらおっしゃってください」とにっこり微笑んでその場を去った。


  • 2011年6月11日(土) 17:02 by 芦木 均

おすすめ記事